Mさん ♂ 61歳

〜大阪府よりIターン1年目〜

 私が古座川に住みたいと思った理由は水と空気が綺麗な事と、親が高齢で奈良に住んでおりすぐに帰れる事が一番の理由である。  ただ水だの空気だのと言っては、南は九州鹿児島の指宿、大分の国東、宮崎の都城、熊本の日吉を見、北陸福井の小浜、京都綾部や伊根、鳥取はたまた四国の徳島へも足をのばし、又、長野の飯田まで行ってみたが、やはり遠いという印象であった。  結果、和歌山に決心したが中でも古座川が私にとって最良の地であった。と言うのは、住むといっても知らない土地で暮らす不安はやはり心の隅にあったのも事実で、そんな時職場にM氏がおられM氏が古座川出身と聞き古座川の良さを再確認したことである。彼もUターンするとの事であったのも心強いことであった。  私は心臓病もあり医師より『のんびり、空気の良い所へでも行って暮らせば!!』とのアドバイスもあり、妻もしぶしぶついて来てくれた事であった。  ここに来てはや半年になるが二度の引越で現在の家が見つかった事に非常に喜んでいる。これも役場のK氏とK氏のおかげであり、土地の人達のやさしさがあった事も古座川を選んだ理由である。本当に良かったと思う。又、県ふるさと定住センターの方からも田舎暮らしでの農業や色々な体験をさせていただき何か自分でも出来そうなものを見い出そうと思っている。  県外から来た私達にやさしく話しかけてもらい友達も出来た事、又、妻が仕事に出られる事になった事、これも役場の方々がIターンの懇親会を開いていただいたお陰だと感謝です。  私達も一番悩んだ事は大阪からここに住む為の家探しでした。幸運にも役場の方からアドバイスがあったから住める事が出来ましたが、一から探すとなればまず無理があり、何か名簿のようなものがあればありがたいと思います。(私が想った事)  こんな私達二人ですがこれからものんびり、ゆっくり明るく暮らして行こうと想っています。

Tさん ♂ 64歳

〜プロフィール〜

大阪府で生まれ育ち、仕事の都合で全国を転勤。退職を機に古座川町へ移住。 趣味はアウトドアライフや散策。

1.多くの「田舎」のなかから古座川町を選んだきっかけは?

Tさん:古座川町に対する予備知識はありませんでしたが、余生を自然のめぐみを受けてすごしてみたい一心と、紹介していただいた家が、思い描いていた住宅の立地条件に合っていましたから。その条件とは・・、
  1)山間部にあっても平坦な地山
  2)河川から30メートル以上離れている
  3)日当たり良く湿地でない
  4)公道から30メートル以上離れている
  5)農協や「よろず屋」が近くにある
  6)台風や洪水に対応できそうな避難場所が近くにある
  7)景観が良い
  8)畑や果樹園を営むことができる
  9)水道、電気、ガス設備(完備)

2. 移住にあたってまたは移住後で一番苦労したことは何ですか?

Tさん:借りた休耕田(6〜7年放置)は地根が太く耕しながら処理するので手間がかかるのと、腕と肩がはって疲れがなかなかとれませんでした。 種や苗を育てるのに必要な水は、50メートル離れている谷川の水を運んで水瓶に貯水したり、秋頃その谷川の水が無くなると畑の近くの湿地を掘り下げて給水場として使いました。

3. 2のことを易しくするにはどのようなことが必要でしょうか?

最初の段階で良く確認すればよいでしょうが、苦労して農作物を作ることも楽しみではないでしょうか。自分流で工夫して、行き詰まれば先生は沢山居られますから。

4. 住んでみてどうですか?良い面と悪い面両方お聞かせ下さい。

【長所】1.飲料水がおいしくて安価
    2.景観が素晴らしい
      ・朝霧が川面から山添いにモクモク上って行く
      ・夕焼と山のコントラスト・夜空の美しさ
      ・山野草や野鳥を愛でることが出来る
    3.畑を拝借できて作物を収穫できる喜びをいただいた
    4.消防署、派出所が声の届きそうな至近距離にあり心強い
    5.欲すれば野山や川の幸は自分で採取出来る
    6.タウンバスが(2便/日、町迄50分)ある
    7.移動販売者が食材を毎日運んでくる

【難点】1.診療所が少なくて遠い
    2.七川ダムブラックバス釣客の置き土産(ゴミ)と雨天後の流木の多い事
    3.野性動物が毎晩出没するので囲い柵や見回り等防護の必要がある
    4.狭くて起伏の多い山岳道路ばかりで、対向にはなかなか慣れるものではない(落石、道路面の亀裂要注意)
    5.四方山に囲まれていて杉桧等花粉症対策が必要

5.移住を検討している方々へ一言お願いします。

 ・私と同じような世代の方々には、自然体、慌てず急がずの生活を楽しまれたら良いと思います

 ・若い人達は古座川町を自分なりに観察する機会を作って下さい。少しでも自分の性格に合いそうな糸口があれば、自らの将来を建設的な方向で検討、計画して、清流古座川王国の一員になられる事を願っています。

Nさん ♀ 54歳 〜京都府よりIターン5ヶ月目〜

 美しいばかりで中身のない野菜達が並んだマーケット・・。何かがおかしいと思わずにはいられない。
 安全な食を求めて行き着いたのは自分でお米も野菜も作っちゃお!!だった。でもどうやって??アスファルトだらけの街の中で育った自分にとってその頃持っていた知識と言えば、お米・・・大きな機械、野菜・・・農薬散布・除草剤、・・・等々。
 本当のところ農業ってそんなに大変なことなのか?大儲けしようとか、楽をしようとか思わなければ、安全でおいしい食を手に入れることは何も大げさな事ではない。ここ古座に来てみればそれはごく普通に行われていることであったが、クワとカマがあれば田畑の仕事のたいていの事はできるし、もしどこから手をつけていいのか解らない時はパーマカルチャー(農的生活の設計デザイン)の教えに従って自分の家の戸口から少しずつ自分の力量に合った分だけ広げてゆけばいいのだと思えた時、肩の力はぬけて自分の歩幅で歩き出すことが出来た。
 インドではガンジーが農業重視の国策で国民を真の豊かさに導き、キューバのカストロが国民総生産を提唱し国家危機を脱出した。
 いわゆる田舎では自分の食べる分は自分で作るという生活が昔からあった訳で、もし日本の指導者が誰も私達を正しい方向に導いてくれないのなら、国民自らが気づき正しい道を光あるうちに歩けばいいのだと思う。除草剤も農薬も必要としない方法(自然農)で自然を敵とせず、豊かさも貧しさも共有し共生し安全な食を手に入れることが出来るということを、一人でも多くの人が気づかれるよう心から希望し、自然の声に耳を傾け、又、よく観察しその自然をどうすれば生かすことが出来るかを考える。そして行動する。労働する喜びを感じ、古座が自分の中でここちよく息づきはじめるのを感じ、仕事の合間に見上げる青い空に幸せを感じ、今この時に感謝し、ありがとうございます。

Tさん ♂ 55歳

 私は40歳代の後半に人生の岐路に立ったことがあり、迷ったり悩んだりいたしましたが、その時ここ南紀の自然に触れて心身ともにリフレッシュされる経験を持ちました。
はじめ隣の町に住みましたが、仕事が少なく、家賃も高額で苦労しました。
やがて緑の雇用に入ることができて今住んでいる洞尾の緑の雇用担い手住宅に移れたことは幸運でした。ただ山仕事も不安定で、家族持ちにとっては安心できる職場ではありません。
現在は一枚岩鹿鳴館で働きながら柚子園のお手伝いも少しさせていただいておりますが、何とか周囲からでもこの地域での雇用が拡大していけば、と願う次第です。
今後のIターン者の住居については、できれば民間の斡旋組合(非営利)の様な形式はとれないか?と考えます。

Mさん ♂ 70歳

Uターン者の悲哀(古里からの発信)

 前略お元気ですか。私も古里に還って早や五年目の夏を迎えようとしています。
君に話した古里は、私が過ごした子供の頃とは大きな違いをみせていました。
山も川も又人情も昔の儘ですが、田んぼが田んぼでなくなり雑草が生い繁り秋には稲穂ではなく「背高泡立ち草」と云うアメリカ産の植物が黄色い花を咲かせるのです。
 国会議員の偉い先生が「美しい日本」を標榜して一番偉い人になりましたが、美しい日本とは美しい田園風景のことだと私は考えます。
 古来我が国の、いや我が古里の文化や伝統はこの美しい田園から生まれ培われたものばかりだと思います。それが逓減しているこの現状は何とも悲しい限りです。確かに国の農業政策もさることながら、我が古里においては、農業従事者の高齢化が最大の原因であり、後継者がいないことであります。
 その様な中でも、私の先輩の一人は「これ以上休耕田を増やすな」と老骨に鞭打ち孤軍奮闘していました。この様な人が居るからこそ、この美しい田園風景がかろうじて保たれていることを忘れてはならないのです。今、稲作農家の一軒でも耕作を止めると、我が古里この集落の三分の一の田んぼがペンペン草の天下となることが明らかです。  「限界集落」と云う新しい言葉を知りました。
 この美しい日本の田園風景の集落が消滅すると云うことです。我が町でも二つの集落が消滅し、あと二,三の集落が危ぶまれています。このような危機的な状況を認識している人が何人いるのか、今こそ集落が一体となり考えるべき時だと思うのですが、無関心の人が多過ぎます。稲作に欠かせない水の問題では耕作者の自己責任だと割り切り、稲作をやりたいと云う人が現れた時の為にとは考えないのです。(田舎志向の人達が増えていると云うのに。)
 私は「美しい田園保存税」など新設してでも、休耕田をなくし、田園を再生できないものかと、最近つとに考えます。
 いずれにしても、今田んぼは緑の絨毯を敷きつめた如く美しい、又早苗を揺らす薫風は何とも心地良く、これこそ美しい日本そのものではないかと毎日田んぼを眺め、この風景を次の世代に引き継ぐべきことが、先人から受け継いだ私達の責任ではないのかと考えます。私は私の住むこの集落だけでも、みんなでこの田園風景を保存し共有できないものかと考えながら、毎日田んぼと畑の農事にささやかに汗し、先輩や仲間と話し合っている今日この頃です。
 「古里は遠くにありて思うもの」なのかと思ったりもしながら・・・ 草々

Fさん ♂ 30歳
プロフィール 〜林業従事者としてIターン。6年目を迎える。〜

愛して、溺れず

 「仲間以外はみな風景」。依るべき倫理も保証されたレールもなく、それでいてとりたてて不足もないという時代にあって、今の人々は社会とのかかわりを避けて、傷つかずにすむ場所に閉じこもる傾向にあるそうです。
 自分はどうかと振り返ってみると、山村の人はたいてい山仕事を経験して苦労を知っているから、どこか安心感のある環境で、問うてももの言わぬ大きな自然を相手に黙々と働く毎日。そんな人々や風景、そして時間の流れが自分にはあまりにもやさしすぎて、都会でみた様々な風景を忘れて、時々溺れてしまいそうになります。
 田舎暮らしの落とし穴はこんなところにあるのかもしれません。気づかぬうちにお山の大将になってはいないか、競争が乏しいのをいいことに怠慢にふけってはいないか。都会での経験を糧に、できる範囲で地域や職場とかかわっていると「テキは相変わらず都会の人みたいやの」と言われ、一瞬ショックを受けるのだけれど、愛して、溺れることのない日々のなかに、私は過去を含めた自分を生かすことのできる場所を見出しています。
※テキ:方言で彼、あんたという意味。


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